【読書】「ゴーゴーバーの経営人類学」市野沢潤平(めこん刊)

読書

バンコクやパタヤのゴーゴーバーで働く女性たち、すなわちバーガールの行動を調査した学術的文献だ。バーガールについて、「公的な構造を持つ組織の一員としての賃労働者というよりは、むしろオープンな市場において活動する個人事業主もしくは商売人」(25頁)とみなして大規模なインタビュー調査を行った結果とその分析が同著の柱。東京大学大学院総合文化研究科に提出した修士論文を大幅に加筆し再編集した。

文化人類学的なアプローチで調査を行い、経営学的な視点で分析を行なうという実にユニークな研究レポートをまとめあげました。文化人類学の可能性を広げるものとして期待される研究書です」(めこんHP)

同著では、ゴーゴーバーの経営システム、バーガールの勤務実態と報酬、客との間で交渉される自由な商取引などについて解説されていくが、筆者が強調するのはバーガールらが封建的な制度を残すタイの地方社会からの自由を志向していること、金銭だけではなく友人関係、異性などにも日常的関心を持っていること、疎外された社会的弱者ではなく親密性産業への参画によって経済的利得を得るために自らストラテジーを組み立てているポジティブな存在であること、が述べられていく。

実は、このような親密性産業に参入する女性たちを研究した文化人類学的研究や論文は数多く存在する。2003年に発表されたこの文献が注目を集めた理由は、バーガールの日常を生き生きと描いていることだろう。タイの社会構造に原因を求めて批判的論調を繰り広げる告発型のジャーナリズムも多いが、それだけでは解明できない人間の行動を人類学的に分析しているところが特徴だ。

著書はこう指摘する。「バーガールという職業とは、成功し市場での勝者となることがすなわちその市場からの撤退を意味するという特異な経済活動となるのである」「(パートナーに連れ去られ)職業上の成功者として退出していく女性の数が多ければ多いほど、ゴーゴーバーという市場は魅力的に映り参入圧力は強まることになる」(268ー9頁)。

文中にはバーガールが忌避する客のタイプやそうした客を避けるための戦術も登場する。一定の男性にとっては必ずしもパラダイスにはならないというわけだ。研究本であるため人類学や経営学の難解な用語がたくさん盛り込まれているが、すこしずつゆっくり読み進めていけば著者の見解は理解できるだろう。ある一面だけ切り取って批判するのではなく、バーガールが自身を取り巻く複雑な社会経済的状況と交渉し生活していることを改めて知ることができる。同著は経営人類学という新たなアプローチでバーガールを研究した学術図書である。親密性産業の研究に新たな視座を開いた点は評価されている。