パタヤには無数のバービア(英語はビアバー)が存在する。欧米からの観光客や移住者で賑わっている店もあれば、閑古鳥が鳴いている寂しげな店もある。バービアで働いているタイ人女性たちは羽振りの良さそうな客が店の前を通ると、盛んに入店を呼びかけ、ある時は手を引っ張って強引に誘い込もうとする。しかし、それにはそれなりの事情がある。
あるバービア密集地帯を歩いていたら、バーガールに声をかけられた。通り過ぎようとしたら手を引っ張られ入店を懇願された。終始笑顔で悲壮感はなかったし、暑い夜で喉も乾いていたのでビール1本だけ飲んでいくか、と外のスツールに座った。「どこから来たのか」「どのくらいの期間パタヤにいるのか」「ホテルはどこか」など、何気ない会話から始まったが、バーガールにとっては重要な情報だ。今後、どのくらいの頻度でお店に来てくれるか、値踏みしているのだ。
すぐに「レディードリンク」をおねだりされた。レディードリンクとは文字通りお店の女性が飲むドリンクで、1杯180バーツほど(720円)。日本でもそれなりに高いと感じる値段だ。ほとんどの客は最初にビールの小瓶を注文するだろう。シンハーもチャーンもだいたい90バーツ(360円)ほど。これに比べればレデイードリンクはかなり高い。筆者が会話したミミー(仮名)は35歳。13歳の息子をイサーン地方に残してパタヤに出稼ぎに来た。夫とは離婚しシングルマザーとして実家に仕送りしているという。
お店での収入を聞くと、固定給はなし。レディードリンク1杯180バーツを受注すると、70バーツ(280円)の成功報酬を店側から受け取ることができるそうだ。レディードリンクは何を飲んでも良いが、悪酔いしないため小さめのガラスコップに入れたコーラやソーダ類を飲むことが多いが、たまに中国、韓国の客が来るとノンアルコールでは済まず、テキーラなど強い酒を勧められることもある。飲めば飲むほど成功報酬が増えるので、無理して10杯、計1800バーツを何とか飲み干した。度胸のかいあってミミーには700バーツの収入となった。ただ、無理して飲んだため悪酔いし帰宅時は足がふらつき大変な目にあったそうだ。その他にも、客と一緒に店外で飲食したりする場合、客は店側にバーファイン(バーに支払う罰金)を支払う。これは店によって400バーツから700バーツと幅があるが、ミミーの場合、400バーツのうち、120バーツ(480円)が成功報酬となる、と明かしてくれた。
バーガールの商戦略を人類学的アプローチで研究した『ゴーゴーバーの経営人類学』という文献にも詳しく書かれているが、資金力のある客を何人把握しているかが、バーガールの収入を左右する。ミミーの実家は貧困家庭で自身は小学校しか出ていない。パタヤに来た当初は、欧米の観光客とまったく会話ができず苦労したそうだ。そこでタイ語で書かれた英語の参考書を買って毎日必死に勉強した。難解な抽象概念以外ならほとんど会話に困らないくらいになった。日本の大学生よりずっと英会話は上手だ。平均して月の収入は約2万バーツ(8万円)。新年を迎えた1月は客の大盤振る舞いで8万バーツ(32万円)に上ったという。家賃8000バーツ(3万2000円)のアパートに友人2人と住んでいる。
行く手を遮られたり強引に手を引っ張られたりすることもあるが、バーガールの生活や労働環境を知っておけば、それなりの事情があることが理解できるだろう。バーガールの収入形態については店や個人によって異なるのですべてがミミーのケースと同じではないが、大変な苦労があるのは皆同じなのだ。